南アルプス

1.南北縦断

7-1-(1)甲斐駒ケ岳〜鋸岳 1995-9-8〜10

北沢峠〜甲斐駒ケ岳〜第1高点〜第2高点〜角兵衛沢出合 

1995年9月8日(金)曇
戸台・バス(7:30)→北沢峠(9:35)発(9:40)→二子山(10:55)→駒津峰(11:40)甲斐駒ヶ岳(12:45)発(13:05)→六合岩室(14:05)幕営・発(14:35)→水場(14:55)→幕営地(15:20
 歩き始める時刻が遅いとどうも調子が出ない。いつも車で登山口に着いて歩き始めるのは夜明け時刻だからこの時間帯だと調子が狂う。しかし、今日の行程は5時間と短いから助かる。駒ケ岳山頂で一休みし、腹ごしらえと、360度の展望を楽しむ。北西方向にはこれから行く鋸岳の峰とその奥に中央アルプスの山並みが肩を並べている。また、南に目を向けると日本第2の高峰、北岳がそびえその右に間ノ岳、更に仙塩尾根伝いにして右目を辿ると仙丈ケ岳と続く。山並みを眺めていると時間が過ぎるのを忘れてしまう。甲斐駒ケ岳山頂から鋸岳方向を望む
 六合石室までは見通しもいいしコースもはっきりしている。天気も回復してきたので気分もいい。六合岩室は稜線直下にあり以外としっかりしている。
 ガイドブックには側壁だけの天井なしで荒廃していると記されていたが、修復したのだろう。床は黒色の土間だったが以外と平らで天井は板の上にトタン敷きだ。強い雨は漏って来そうだがそれ以外は問題なさそうだ。このままマットを敷いて寝られそうだが持って来たテントがあるので小屋の中に幕営した。
 水場まで往復
45分かかった。しっかした道がついてる。石室から少し進んだ所にガレ場の沢がありそこを横切り樹林帯を下降する、大分下った付近で先ほど横切った沢筋に出たところに水が流れていた。水の流れは以外と細い。帰路はこのガレ沢を詰上げてきた。小屋に着いて間もなく2パーティが入ってきた。2人のパーテイは私と同じコースらしい。もう1つは単独で角兵衛沢から登って来たという。昨夜は大岩下岩小屋に泊まりだったという。そして、コースはそんなに悪くないとという。しかし、鹿の窓のクロワールは悪いらしい。
 今日は寒かった。天候も朝は小雨がポツポツあったが夕方には青空が出てきた。明日は晴れそうだ。

9日(土)快晴
六合岩室(5:20)→中の川乗越(6:40)第二高点(7:10)発(7:25)→鹿ノ窓(8:25)発(8:35)→第一高点(8:55)発(9:45)→角兵衛沢出合(11:45)発(12:00)→戸台橋(13:30)バス発(13:40)→戸台駐車場(13:50
 昨夜の外は風もあり冷え込んだようだが岩小屋の中は快適だった。風音も少ないし暖かかった。しかし、2人パーティの1人のいびきが凄い。それも往復にゴーゴー音を立てている。まるでジェット機の爆音のようだ。心なしか天幕の布が揺れているような気がした。我慢をして眠るがその音でときどき目が覚める。私は少し離れているが、同じテントの相棒は大丈夫か?鼓膜が壊れているか、それとも耳ツンボか。いずれにしても大した忍耐力だ。鋸岳から鹿の窓を仰ぎ見る
 朝食を済ませ、天幕撤収して外に出て見ると雲1つない快晴だ。今日は鋸岳主峰の縦走だ。よし、機は熟した、コンデションもベスト。気をつけて行くぞ。石室を立つ。
 三ツ頭まで順調に進む。途中、烏帽子岳に行く道が分岐していルートははっきりしている。ガイドブックによると踏跡程度と記してあったが私の感覚ではこの付近は一般の登山道と変わらない中ノ川乗越までルートははっきりしている。中ノ川乗越、熊穴沢下降点のプレートがありルートもはっきりしていた。しかし、第ニ高点のプレートもあったがこのルートが見つからない。あちこち探すがダメ。結局ガレ場の上に見えるコルを目標に直登した。稜線近くになるとガレ場が草付きに変わりダケカンバが出てきて踏み跡のある稜線に出た。そこから第二高点までかなりの急斜面を登ると間もなくしっかりとしたルートに合流した。振り返ればこの登りに入るとき左に別れる所があったが藪っぽいので赤布のある右ルートをとってきた。ここから間もなく第二高点についた。
 第二高点の山頂で一休み。今通って来た方向に甲斐駒岳が朝の光に輝いている。そしてその右に南アルプスを代表する北岳が間ノ岳や塩見岳など南ア北部の山並みを背後に控えその座を誇示するように堂々としている。そして遠くに中央アルプスが見え、宝剣岳から空木岳、南駒ケ岳そして中央部分にくびれている木曾殿乗越が印象的だ。右手には北アルプスが展望でき右手から乗鞍、穂高連峰、そして主峰の槍ヶ岳がその穂先を天に突き上げている。東の方向には八ヶ岳が美しい。主峰が赤岳でそこから左右に主稜を引いている。左側に大きくくびれているのが阿弥陀岳への中岳のコルか。じっくりと眺めていたいがそうしても居られない。これから難所が
2ヶ所も待っている。荷をまとめて先に進む。
 ガイドブックではこの辺で左に曲がるようになっている。良く見ながら進むうちに大ギャプの前に来た。目の前の垂直の岩壁に10mほどのザイルがフィックスされている。この壁はザックを背負っては登れそうにない、この位置から左に進むとルンゼ状で下は垂直に切れ落ちていて行けない。どうもコースが違う。ルートを間違えた時の鉄則「
確実な所まで戻る」を守り第二高点まで戻ってみた。そしてピークを一周してみた。そしたら「あった!」。南西方向に進むルートが続いている。なるほどここは左に曲がっている。第一高点を眺める
 ここを下ると間もなく2本のダケカンバが正面に見えてきた。ここから草付きを下り大ギャップからのガレ場におり立つ。更にガレ場を10から15m下ると右岸に踏跡が出て来た。これを辿ると間もなく右手にクロワールが出てきてその上部に鹿ノ窓が明いていた。
 更にそのまま進みクロワールを横切り左の草付きをクロワールに沿って鹿の窓を目標に登る。上部でクロワールに入りそのまま鹿ノ窓に突き上げる。登りきったところは2、3人が立てる程度の広さで向こうの正面にはこれから目指す第一高点がそびえている。クロワールは逆層で浮石もあったが岩そのものは以外としっかりしていてそれほど苦なく登れた。岩が濡れていなければフリーハンドで問題ない。難所を越えた安心感か急に大キジを催してきたので休憩。
 やせ尾根を過ぎるとすぐ長野県に変わり小ギャップに出た。正面の岩壁に7mほどのザイルがフィックスしていたがフリーで登る。途中、足場の岩がグラッときて崩れ大音を立てて沢に落ちて行った。他の3点はしっかり確保していたので大事に至らなかったが「クワバラ、クワバラ」。ここを越すとルートは並みのレベルでで第一高点に着いた。
 バンザイ!。念願であった鋸岳縦走の主要部が終えた。朝から続いた緊張感がやっとほぐれ始め大休憩を取った。
 山頂には18リットルの
1/3程度のブリキ缶が置いてある。明けて見ると登頂記録が入っていた。23読んでみるとみんな釜無川から横岳峠を越えて来たパーティの記録だった。ここも展望がいい、風は相変わらず冷たいが風の当たらない日溜りにいると暖かく実に気持ちいい。展望は第二高点と同じで360度欲しいままだ。しかし、駒ケ岳にはもうガスがかかり始めている好天も今日までか。などと思いながらゆっくり腹こしらえをする。
 すると、横岳方面から来たという
2人パーティが登って来た。年齢は私と同じくらいだ。釜無川の林道を車で来て終点に天幕を張り、今朝、未明にヘッドランプで登って来たという。このルートも結構長そうだ。途中、不明瞭な所も有ったと言っていたからあまり良くないのだろう。
 
角兵衛ノコルはプレートの表示があった。ここから一気に角兵衛沢を下る。初めは大石のガレ場で踏む石を間違えると30センチもある石が崩れる。更に下ると小石のガレでまるで砂地を歩くように足がザザーッとガレに沈み込み崩れる。そのうち沢が狭くなり2つに別れていて栂の木に赤布が打たれている。
 どっちに進めばいいか分からないが右の沢に進んでみる。50mも進むと沢は狭くなり違うような気がして元の赤布まで戻る。そしたら、さっきは見つからなかったが左の沢に赤布が有った。これを進むとまた狭くなって来た。キョロキョロしていると先ほど戻った沢とこの沢の間にある樹林に赤布がありそこからルートがついていた。
 しばらく下り大岩下岩小屋はそろそろ出てきてもよいと思いながら歩くがそれらしい所がない。休憩しガイドブックを良く見ると先ほど二股に分かれて戻った所らしい。もう
1時間も下っている。岩小屋の確認はあきらめる。そこから少し下ると横岳峠への分岐に出た。戸台川の分岐に出たのはその地点から間もなくだった。
 出合には背丈ほどのケルンが詰まれてあったが、右岸にあるため立ち木に隠れ戸台から来る登山道からは見えずらい。
 角兵衛沢はガレ場の下りが悪かったが樹林帯に入ってから赤布も適所にありルートもしっかりしていて栂林とコケのある歩きやすいコースだった。

 

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7-1-(2)仙塩尾根を歩く 1994-7-30〜8-5

丹渓新道登山口〜仙丈ヶ岳〜塩見岳/蝙蝠岳〜雪投沢〜広河内岳〜農鳥岳〜北岳

1994年7月30日(土)曇
戸台(4;50)バス発(6:30)→丹渓新道登山口(7:00)→馬ノ背尾根8合目(10:00)→馬ノ背分岐(10:30)→仙丈ヶ岳(11:50)発(12:00)大仙丈ヶ岳(12:40)→伊那荒川岳(14:10)→高望池・幕営(14:20
 南アルプス主脈縦走の第2弾、北端の国道20号線沿いの富士見町から派生する鋸岳から甲斐駒ケ岳に連なる主脈尾根の縦走路を歩いた。

 バスを降り早速馬ノ背尾根に取り付く。天気は曇っているが視界はいい。このほうが夏の日差しで炙られるより歩きやすい。このルートはあまり使われていないのだろう、バスは運転手に言って止めてもらえと切符売り場で言われたし、登山道も倒木や蜘蛛の巣が至るところにあった。野呂川乗越で霧に射し込む光芒は神秘的だ
 分岐点から先は藪沢小屋からの登山客も多いようで踏みならされた登山道となった。仙丈小屋は荒れているが辛うじて使えそうだ。水場もあるが何となく天水のたまり水のような気がする。
 仙丈ケ岳の展望を期待していたが曇っていてあまり良くない。小休止して大仙丈ケ岳に向かう。伊那荒川岳の山頂は栂の木で覆われていて全く展望は利かない。山頂には2張り程度の幕営スペースがあったが水場がないので先に進む。10分ほど下ると高望池が出てきた。平地には3、4張り程度のテントスペースがありここで幕営することにした。
 高望池の水は枯れていた。水場の案内があり西側の長野県側に50
mほど下った所に湧水が出ていた。飲むと乾いた喉にしみ込み美味い。
 天場には既に若い女性の2人パーティが幕営していた、北岳から来たという。またその後、仙丈ケ岳方面から来た男の2人パーティがテントを張りテントサイドが一杯になってしまった。このルートは利用者が少なく今夜は一人かと思っていたが予想が外れた。夏山の最盛期だものなぁ、こんなものだろう。今日は眠い、今朝、1時に家を出て連続の行動だ。夕食を取り6時半に寝た。

 

31日(日)晴
高望池(4:50)→野呂川乗越(6:30)→山峰出合(9:25)→熊ノ平小屋(12:00)発(12:30)→北荒川岳(13:40)→雪投沢キャンプ地(14:30
 夕べは早く寝たので目覚めもスッキリだ。栂林も美しいしばらく栂の林の中を進む。薄い霧に射しこむ朝日の木漏れ日が光芒となって神秘的だ。時折、林の切れ間から覗く北岳が野呂川を挟んで目の前に迫る。
 山峰岳から先は左に間ノ岳のゆったりした山を見ながらの歩きで登山道もそんな起伏も少なく牧歌的だ。熊ノ平小屋付近はダケカンバの木や草原があり高山植物も咲いていて目を楽しませてくれる。
 今日の幕営は当初の予定は北荒川岳のキャンプ地だったが、時刻は午後
1時40分で未だ早い。また、天候も安定しているので先に進むことにした。
 雪投沢のキャンプ地はハイマツの中で広河内岳や農鳥岳の山並みが見えるところの風当たりを避けたハイマツの陰に幕営した。水場は少し下った雪投げ沢に流れている。

 8月1日(月)晴
キャンプ地(4:45)→塩見岳(5:45)→北俣岳分岐(6:15)→蝙蝠岳(735)発(8:00)→北俣岳分岐(9:30)→キャンプ地(10:00)天幕撤収・発(10:40)→池ノ沢出合・幕営(13:45
 今日は蝙蝠岳を往復する。蝙蝠岳はその名の暗いイメージに反してダケカンバの林と草原の中にシナノキンバイ等の高山植物の多いお花畑が点在していて見る目を楽しませてくれた。
 キャンプ地に引き返し今日の行動予定は早い時間で終了した。昨日キャンプ地を変更してここまで来たために日程は早まった。ついでに今日のうちに雪投げ沢を下って池ノ沢出合まで行くことにした。これで日程が1日縮まることになる。
 天幕を撤収し雪投沢の下降にはいる。雪投沢は水場より先は道標も目印も見当たらない。地図を確認すると沢には滝の記号がないので沢伝いに下ることにした。最初は沢の流水も少なく快調に下る。しばらくすると左岸に踏跡が見えたので、ザックをその場に置き偵察にその跡を辿ってみた。かなり進んでその踏跡は消えてしまった。どうもこれは獣道らしい。引き返しまた沢筋を下る。途中、沢の流れを徒渉しようとした時足場の石が滑りひっくり返ってしまった。「やばい
!」と思いウエストバックのカメラをザックにしまい慎重に足場をとることにした。
 2時間ほど下ると沢筋に流木や倒木が目立ってきて歩行の邪魔をする。右岸をよく見ると立ち木を切り倒しルートが加工された小道が見つかった。これ幸いとこの道を進む。しかし、この小道もすぐ消えてしまった。周りをよく見ると今度は左岸にある。どうもこれは沢が倒木で埋まっている所を巻く小道らしい。そう分かるとその巻き道がよく見つかるようになった。
 右に左に沢を渡りながら下るとひょいと目の前に大きな沢が現れた。そこの広い砂地に2張りのテントがあり、ここが池ノ沢出合だった。
 テントのメンバーは大井川を遡行してきたという。今日は岩魚釣りで昨日は1人5尾釣り上げて「夕べは美味かった」と自慢された。「
チクショウ、悔しい!」。明日は更に大井川を遡行し稜線に出て蝙蝠岳を登ってまた大井川に下るという。そんな話しをしながら池ノ沢から広河内岳のルートを尋ねてみたが良く知らないようだ。
 池ノ沢小屋は有ったが老朽化していて天幕のほうが快適のようだ。1人で川の瀬音を肴に晩酌をたしなむ。

2日(火)晴
キャンプ地(5:00)→池ノ沢池(7:30)→稜線分岐(9:00)発(9:30)→広河内岳(10:00)発(10:30)→農鳥岳(11:30)発(12:30)→西農鳥岳(12:50)発(13:00)→西農鳥小屋・幕営(13:30
 池ノ沢池は広いが溜め池の雰囲気のするところだった。昨日会った釣り人は岩魚を釣りに来たといっていたが本当に釣れるのかなぁ?。夏場のせいか水量が少なく一部湖底も見えていた。
 池の沢上部は流水が切れる所で湧水になっていて大量の水が吹き出していた。幾つか池がありここの池にはコケが多く生えていて美しい色をしていた。湧水がわき出ていてその苔が美しい
 そこから少し登ると草地に変わりお花畑が点在し高山植物のシナノキンバイやハクサンイチゲを見ることが出来た。
 更に登ると稜線にヒョッコリ出て目の前に飛び出したのは晴天に高くそびえた日本一の山、富士山だった。北東方向には鳳凰三山が見えて地藏岳のオリベスクがなんとも印象的だ。その白い地肌は北アの燕岳を連想させる。更に進み広河内岳で展望を楽しみ写真撮影。 農鳥岳は久しぶりだ。休んでいると側座っていた30代の男が話し掛けてきてしばらくの間山談義にはいっていた。
 西農鳥小屋のキャンプサイドで幕営し、まずはビールを買いに行く、ビール350
mlが600円だった。たしか、昨年は500円だったと思う。税金が少し上がっただけで100円も値上げしている。そんな小さいことを言わず、今日は51歳の誕生日祝いだ。1,200円也を支払い西農鳥岳と夕陽に染まって行く鳳凰三山のオリベスクを眺めながらカンバイ!!

 3日(水)晴
キャンプ地(4:45)→間ノ岳(6:00)→北岳(8:45)発(9:30)→肩ノ小屋・幕営(10:00)発(10:30)→太郎山分岐(10:50)→太郎山(11:50)発(12:35)→幕営地(14:00
 急いでいるわけでもないが朝の出発は早い。中白峰からの北岳の眺めは圧巻だ。その鋭く天に突き上げた峰の様はさすがに日本第2の高峰の偉容を誇っている。
 北岳の山頂は何年ぶりか、懐かしい。山頂の表示板も以前来た時の記憶のものだ。山頂から眺める仙丈ケ岳やその左に大仙丈ヶ岳そして右には小仙丈が岳が控えている様実に素晴らしい。また、甲斐駒ケ岳の右手に八ヶ岳も良く見える。今まで何回か来ているがあまり山容をよく眺めた記憶がない。若い時は山頂に辿り着くことが目的で登り詰めれば直ぐ下山のことを考えあまりゆっくり景色を眺めて楽しんだことが少ないような気がする。
 肩ノ小屋に幕営し、小太郎山に行くことにした。この山はここを通る度に行ってみたい山だったが遠いためなかなか行くチャンスがなかった。
 分岐からかなりの下降で標高差は200
mくらいだがアップダウンがあり所々踏跡が消えている所もある。最低鞍部から登り返して2つ目のピークが小太郎山の山頂だった。甲斐駒岳の眺めを期待していたがちょうどその前にアサヨ峰が立ちはだかって展望を邪魔していた。小太郎山は結論を言うと行ってみるほどのところではなかった。
 天幕に戻り水を汲みに行く、7分ほど下った所にある。ここの水場は流水量が細い、チョロチョロだ。また汲む場所も自分で作らなければならない。4リットルの水を汲むのに
10分もかかってしまった。汲み終わると順番待ちが後ろに2人いた。

4日(木)晴
キャンプ地(4:30)→北岳山頂大復→キャンプ地(5:30)発(6:00)→二俣(7:30)発(9:00)→広河原(9:30)→バス・北沢峠→戸台
 天気もいいので朝焼けの展望を見に北岳山頂を往復した。その後、天幕を撤収し下山にかかる。草スベリとの分岐でお花畑の観賞を楽しむ。シナノキンバイ、ハクサンイチゲ、ハクサンチドリ等その彩りは私の目を奪って放さない。
 後に、大樺沢を八本歯から春スキーをしたいと考えていたのでその偵察を兼ねここから二俣に向かう。このルートもお花畑が豊富なところだ。楽しみながら下る。二俣の手前10〜20分の所に台地があり幕営ができそうな所があった。もっともここは幕営禁止区域だ。

 

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7-1-3南ア・南北縦断 1990-7-28〜8-5

  南アルプス主脈縦走の南部の縦走を計画した。登山口時の交通の不便もありS氏に頼み出発と下山の交通のサポートをお願いした。快く受けてくれたので感謝している。

光岳〜茶臼岳〜河内岳〜聖岳〜赤石岳〜荒川岳〜塩見岳/恵那山

1991年7月28日8土)晴
畑薙第一発電所(10:25)→畑薙大吊橋(11:00)→横窪峠(13:40)→茶臼小屋キャンプ地(16:00)幕営
 畑薙ダムまでS氏のマツダディーゼル・セダンで向かう。車の同行は3名。しかし、途中で道を間違えたようだ。車道の側に大井川鉄道の線路が見える。寸俣温泉のほうに来たようだ。そこから引き返し畑薙ダムへ向かう。
 ダムサイトの南アルプス登山指導センターに車を置き歩き出したのが10時30分だ。初日の始動がこんなに遅れたのは初めてだ。
 S氏とA氏のパーティは椹島(さわらじま)から赤石岳に登り茶臼岳に行く予定だ。私の縦走予定はこの逆コースで赤石岳からさらに北上し三伏峠までの予定だ。多分、兎岳付近でのランデブーを約束し、畑薙大吊橋で2人と分かれる。
 これから茶臼岳までの行程は辛い。遅れを取り戻そうと少しピッチを上げる。真夏の日照りも加わり汗が額や腕から滴り落ちる。でも、昨夜、車の中で眠れたので体調は良く歩調も順調だ。午後3時15分に横窪沢小屋に着く。
 それから先が辛かった。厚さのせいか口の中がカラカラの完全な脱水症状になった。茶臼小屋手前の水場で水分補給し小休止。ここの湧き水は乾ききった喉を潤して実にうまかった。やっと元気を取り戻し出発。まもなく茶臼小屋に着いた。 小屋の前は一面お花畑で疲れ切った気分を癒してくれる。花はアルバダケブキ、ハクサンフウロウ、シナノキンバイ、ハクサントリカブト、数えきれない。メルヘンの花園だ。

29日(日)霧のち晴
BC
4:20)→易老岳(6:30)→光岳(8:30)発(9:30)→易老岳(11:30)→仁田岳・往復→BC14:30
 朝から霧が深くて展望がきかない。また栂林の中の登山道が長く続く。そもそも展望の良くないところだ。
 光岳山頂は栂林の中で見晴らしはない。ダケブキが咲き始めているさらに西に
1分ほど進むと南西方向の展望が開けて来た。晴れてはいるが湧き雲が多く遠くの山並は見えない。下方を見ると寸俣温泉へ下るルートが良く見える。見る限りでは道は整備されているようだ。
 光小屋の前は広い草原でお花畑になっている。ハクサンフウロウ、ツマトリソウ、ウサギキク、等が咲き乱れ、見ているとしばし時間の過ぎるのを忘れる。
 引き返す途中の易老岳の先に希望峰というピークがある。ここから仁田岳に別れる道がある。話はそれるが、田舎の実家の田んぼに
ニンデン"という名の地名があったことを思いだし行ってみることにした。分岐を過ぎた瞬間「オーッ」と思わず声を上げてしまった。そこは栂林から抜けた見晴らしの良い稜線だった。今まで展望のない林の中が続いたあとの歓喜の声だった。
 しかし、仁田岳は想像していた湿原ではなくハイマツに覆われた見晴らしのよいピーくだった。そこからは頂きが白っぽい茶臼岳が見えた。しばらく休憩し眺めを楽しむ。
 腰を上げ茶臼岳に向かう。茶臼岳を少し下ると霧は切れ始め明日向かう上河内岳がうっすらと見えた。

 30日(月)晴
BC4:30)→上河内岳(6:00)発(6:30)→聖平(7:40)→前聖岳(10:40)発(11:30)→奥聖岳往復→兎岳避難小屋(13:00)→兎岳往復
 今日の行程も長丁場だ。幕営地から稜線に出ると茶臼岳が霧の中から見え隠れしている。北側のピークを巻くと上河内岳が天を突く高さで目に飛び込んできた。その凛々しい山容をみているとだんだんと足どりも快調になっていく。上河内岳の手前にあるお花畑は草原が多く吹き抜ける風も涼しく心地よい。
 上河内岳山頂は稜線から少し離れているのでザックを置いてピストンする。山頂の展望は雲で遮られて光岳は見えない。奥聖岳は見えるが前聖岳は雲の中だ。
 聖平小屋で聖岳下の水場の状態を確認すると「不安」という。小屋から3リットルの水をもらいザックにくくりつける。ザックを背負うとずっしりと重さが増していた。でも、小屋で確認してよかった。その水場は使えなかった。そこから100mほど移動した所に水は流れていたがそこは岩場で汲みに行ける所ではない。山々の眺めるクルマユリで一休み
 前聖岳の山頂に1人の若い男がいて色々と詳しい話しをしてくるので山小屋で働いているのかと一瞬思ったが、今日は百間洞から来て聖平小屋泊まりだという。「俺に講釈するレベルではない!」。
 兎岳避難小屋は本で調べたよりしっかりしていていい感じだ。壁は石積みのコンクリートづくりで天井も鉄製の板だ。床は所々にスノコを敷いている。ただ、窓は小さく薄暗い。鼠が出そうなので天井から紐を吊るしそれに聖平から担いで来た水のはいたポリタンを吊るした。以前、狐に水の入ったポリタンを持って行かれ大あわてしたことがある。
 その後、兎岳山頂に行きS氏パーティが来るかもしれないのでしばらく様子を見る。しばらくすると単独の女子が登ってきた。この先百間洞まで行くという。元気な人だ。後ろ姿を見送る。いつか、中央アルプスでもこんな元気な単独の女子と出会った。若いと元気があっていい。2時半頃まで待ったがS氏パーティは来る様子なし、小屋に戻る。

 31日(月)晴
兎岳避難小屋(4:50)→百間洞露営地(8:00)→赤石岳(10:20)→荒川小屋キャンプ地(13:00)幕営
 昨夜の豪雨はすごかった。9時頃目が覚めると雷鳴とともにバケツをひっくり返したような大雨になった。屋根から雨漏りがしてシュラフカバーが濡れている。慌てて天幕を張り中にもぐりこんだ。小屋には他に2パーティの5人程いたが、彼らは天幕を持っていないらしく雨漏りを避け片隅にうずくまっている。1人分の天幕の余裕があるが5人ではどうにもならない。失礼して1人でまた寝こむ。
 朝までに雨は上がったが外は濃霧でなにも見えない。カッパのズボンをはき出発する。百間洞付近まで来ると青空が見えてきた。そろそろS氏パーティに会う頃だろうと思い大沢岳の百間洞山ノ家側を巻いた。小屋は雪の重さで崩壊していて営業はしていない。また、キャンプ場には天幕は1つもなかった。山中でのランデブーは難しいものだなぁ。後での確認だが、この時、S氏パーティは稜線の大沢岳を通過したといっていた。
 荒川小屋に着きキャンプ申し込み時に名簿を見たが2人の名前はなかった。

 8月1日(水)晴
荒川小屋(4:50)→前岳(6:10)→悪沢岳(8:00)→丸山往復(9:00)→前岳(11:00)高山裏避難小屋・露営地(13:00)幕営
 荒川前岳の岩陰にザックをデポし悪沢岳を往復した。悪沢岳山頂からの富士山眺めはいい。眼前に視界を遮るものは何もく「俺が富士山だ」といわんばかりにどっしりと居座っている様はまさに日本一の山の名にふさわしい。
 朝の悪沢岳は昨日と打って変わって寒い。Тシャツでは耐えられない、長袖を着こむ。その代わり天気もすっきりと晴れわたり日本晴れの展望を楽める。雲に浮かぶ富士山を眺める
 まず、昨日までのルートを目で追って確認する。南方を見れば兎岳から小兎岳、中盛丸山、大沢岳、そして赤石岳がその全貌を惜しげもなくさらけ出し私を楽しませる。また、これから進む北を見れば塩見岳が眼前に押し迫りその右手に北岳、間ノ岳、農鳥岳の白根三山が並んでいて「こっちにはこないのか」と言わんばかりにその姿を美しく見せている。その右手には鳳凰三山が見える。地藏岳、観音岳、薬師岳の山並が確認できる。なおまたその右手に見えるのが八ヶ岳か。
 今日の行程には時間の余裕があるのでその先の丸山までいって見た。すっかり展望を楽しみ前岳に引き返す。
 午後
1時には高山裏避難小屋露営地に着いた。ここは林の中で展望がきかない。露営地も未整備だ。特に、小屋のおやじのイメージが悪い。明日の天気はどうか訪ねると、返ってきた返事が「予報が外れるといけないから言わない」と。

2日(木)晴
高山裏避難小屋(4:40)→小河内岳(7:30)→三伏小屋キャンプ地(10:00)幕営・発(10:20)→塩見小屋(12:00)→塩見岳(12:40)発(13:00)→BC15:20
 今日は47歳の誕生日だ。近年、山行途中でこの日を迎えることが多い。でも、この歳であまり嬉しいことではない。三伏小屋でビールを買おうと思ったが小屋はしまっていた。三伏峠まで戻っても良いが時間があるので塩見小屋に買いに行くことにした。小屋にビールがあることを確認し塩見岳山頂に行く。山頂に着いたときは霧が立ちこめていたが少し待っていると視界が開け展望を楽しめた。下山する。塩見小屋に立ちよりビール350ml、2本購入し下山する。ボッカでビールの荷揚げは聞くが、荷下げはあまり聞かない。
 
BCに戻りさっそく乾杯。1人だから、ハッピーバースディto me か?

 3日(金)晴
三伏小屋キャンプ地(4:50)→尾根取付点(7:00)→塩川(7:30)車→恵那山に移動
黒井沢車止め(
11:00)→恵那山登山口(11:30)→恵那山(15:00)発(15:30)→黒井沢車止め(18:00
 S氏パーティと塩川バス停で合流することになっている。しかし、兎岳でも会えなかたから半ばあきらめていた。
 塩川近くまで来ると向こうからA氏が来るではないか。やっとここで再開した。畑薙からここまで迎えに来てくれた。本当に嬉しい。
 まだ、今日は早いので
3人で相談しこれから恵那山を登ることにし、登山口に移動した。恵那山の山頂には小屋もあったが閉じていた。小屋より少し先に進んだ所に展望台があったがそこでの展望は期待したほどのものはなかった。
 下山後車止め付近で、ここに来るときに買い求めた食糧と酒で無事に下山を祝いコンパ。夜の更けるのを忘れる。

 4日(土)晴
黒井沢車止め→帰宅
 一路帰路に着く。今回はS氏に登山口まで送り迎えしてもらい大変御世話になった。

 

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白根三山(北岳、藍ノ岳、農鳥岳)界隈

 7-2-(1)北岳〜塩見岳 1967-7-2731 

北沢峠〜北岳〜間ノ岳〜塩見岳〜三伏峠

参加者:9名(女子3名)

1967727日(木)
新宿(2027)→甲府駅(2334

28
甲府駅(
420)→広河原(610)→白根お池小屋→小太郎山(草滑り付近と思う)→肩ノ小屋1415)・幕営

29
肩ノ小屋(
600)→北岳(635)・発(650)→間ノ岳(915)・発(955)→三峰岳(1025)・発(1045)→熊ノ平小屋(1150)・幕営

30
熊ノ平小屋(
420)→新蛇抜山(650)・発(705)→北俣岳(830)→塩見岳(925)・発(945)→昼食→三伏峠(1440)・幕営

31
三伏峠(
440)→奥沢井(740)→伊那大見(1115)→バス山並みに浮かぶクルマユリを眺めて一休みイラスト画像です

 ハイキング登山を趣味としていた私が、アルプス登山に参加したのは、入社後初めての夏季連休でした。入部以来初めての参加、初めての縦走と、初めてづくしの私に、20キロ弱の荷物を背負い毎日毎日山を越えて歩けるだろうか、バテて先輩たちに迷惑をかけずにすむだろうかという心配と、9人のパーティ(女子3名)という心強さと、最初で最後でもいいからアルプスと名のつく山に登ってみたいという気持ちで小さな胸は甲府を過ぎ、登山口に着くまで興奮し、はりさけそうでした。そんな4日間の思い出は……
 こわくてふるえる足を抑え目をつむって渡った吊り橋。
 雪渓を見つけ休憩のときかき氷を作って食べたあとのおいしさ。
 山の雷雨の恐ろしさ(テントに水が入ってくる)
 汗が顔や首からたれ落ち地面にしがみ付く疲れた後の休憩時間が待ち遠しい。
 美しい高山植物、こんな所で一日ゆっくりしていたくなる。
 道なき道、ハイマツの上をこわごわ歩く。
 背中の痛さと寒さで寝れぬ一夜。
7月下旬というのに、霜焼けの出来るような冷たい水、その水でとぐお米。 眠い目をこすりながらの起床……
 思い出は数付きません。その時はつらく苦しくもう二度と登山などするものかと思うのですが、下山してその山を仰ぎ見る時、こんな苦しさなど忘れ、嬉びが倍増して、又登りたくなるものです。
 私にとって山は、そんな魅力をひめた恋人です

 

7-2-2農鳥岳〜転付峠 1995-8-24〜26

奈良田〜農鳥岳〜広河内岳〜黒河内岳〜白剥岳〜転付峠

 南ア主脈縦走パート3で農鳥岳の大門沢下降点から転付峠まで縦走する。車で奈良田温泉に行く近道を利用し大失敗した。国道52号線の青柳2丁目交差点を右折し平林村経由丸山林道を進んだ。間もなく奈良田温泉も近い所で道路を完全に切り取る大規模の道路工事で通れない。
途中に工事中の表示はあったがAM8:30からPM5:00と時間制限だったのに。引き返す。約2時間のロスタイムとなってしまった。

1995年8月24日(木)晴
大門沢登山口(8:30)→大門沢(11:30)→大門沢下降点(14:45
 大門沢登山口に車を止め登山開始。大門沢小屋までは小尾根を越す高巻きのアップダウンはあったが緩い登りの長いアプローチが続いた。白河内岳付近から農鳥岳方向を眺める
 小屋は老夫婦が営業していて前にジュースなどの飲み物が水を流した入れ物で冷やされていた。老夫婦にこの上の水場を聞くと南沢より上部にはないという。小屋から出てまもなく右手に南沢の表示がありここで
5リットルの水をポリタンに満タンにしてザックに取りつける。これは今夜と明日の大事な飲料水となる。ところが、この先も登山道は大門沢を通っている。結局、地図に記されている水場は存在し、ザックにくくり付けた5リットルの水は1ピッチの無駄なボッカとなってしまった。登りのきつい斜面を登り終え大門沢下降点で幕営した。

 25日(金)晴
大門沢下降点(5:05)→広河内岳(5:25)→大籠岳→白河内岳と思しきピーク(7:10)→黒河内岳(9:35)→白剥山→奈良田越(12:30)→2159地点(13:00)幕営

 転付峠までのルートで黒河内岳までは岩のゴツゴツしたルートで見晴のいい所だった。ルート案内表示は不完全だ。但し、早川町が取り付けた案内プレートがありこれを見れば正規のルートであることがわかった。しかし、このプレートは地べたに取り付けているので遠くからでは確認できない。濃霧がある時は注意が必要と思う。また、このプレートは池ノ沢からコルに突き上げた地点がNO5で奈良田越え付近でNO30を確認した。その区間、連番で全部あったかはわからない。
 大籠岳から白河内岳間は稜線が広い所なので稜線を外さないように進むことが必要だ。少し外れた目標物を目印に進むとその先はハイマツ帯でとうせんぼ。元の位置まで戻らなければならない。こんなことを2、3回繰り返してしまった。白河内岳付近から塩見岳方向を見る
 白河内岳の下降点も注意が必要だ。地図を見るとルートは東方向に曲がっているが、良く確認せずハイマツ帯の切れている部分が目の前に広がっていたのでそこを真っ直ぐ下ってしまった。やはりハイマツ帯に突き当たったが細い踏跡を見つけさらに進みとうとう行き詰まってしまった。ハイマツ帯の遡行は枝が邪魔をし引き返すのにはいつも苦労する。
 大籠岳、白河内岳の山頂には標識やそれらしき目標物がない。今度、登山する人は記念プレートでも持って行き取り付けるときっと後続の登山者に喜ばれると思う。
 黒河内岳から奈良田越え間は樹林帯が多くまた、ポイントには赤布が打たれていてルートを見失うことはなかった。特に、ガイドブックには藪っぽいことを記していたがこのくらいのブッシュは一般ルートでもある。心配したほどではなかった。
 ただ、赤布の打ち方に少し注文したいところがあった。広河内岳から進むとハイマツ帯やブッシュの中に入る所であまり赤布を見つけることができなかった。しかし、その出口には大方打たれてあった。そのため、今回は入り口を探すのに大分ロスタイムが出た。
 私も藪こぎで良く赤布や目印を付けるが入り口は当然だが出口にも必ず打つようにしている。これはルートファイテングで行き詰まり引きかえす時に使うためだ。考えてみるとこの赤布の打ち方は奈良田越えから農鳥岳へ進むように付けたものかもしれない。
 奈良田越えから車道の広い道になった。暑い中歩くのが急にかったるくなってきた。転付峠手前だが蝙蝠岳の見える展望のよい所で幕営した。聖岳、赤石岳、千枚岳を展望しながら昼寝。

 26日(土)晴
幕営地(5:00)→転付峠(6:35)発(7:00)→保利沢山・往復(8:10)→転付峠水場(8:35)発(8:50)→登山道入口(10:20)→田代入口バス停(11:20白河内岳付近から笊ヶ岳方向を眺める

 天幕撤収し1時間半ほどで転付峠に着いた。時間もあるのでその先の保利沢山まで往復した。登山道の入口を探すのに苦労した。林道を整備していたがその終点から取り付くのがいい。そこから尾根状を登り山頂に着いた。途中に数点の赤布を打った。
 転付峠の水場は湧水でうまかった。小屋(1人程度)もありその前に天幕が1張り、無理すれば2張りぐらいは張れるスペースがある。
 登山道入口の手前の沢で昼寝している1人の登山者がいた。私もそこで1本立て顔や手を洗っているとその登山者が寄ってきた。夜行列車で来て寝不足だという。そして、私が今日来たルートを逆に行くという。これは水場場がないのにご苦労さん。2、3のポイントを説明し分かれた。
 登山道入口にザックをデポし田代入口バス停に向かう。奈良田までバスに乗りそこから大門沢登山口まで歩き車に乗りデポしたザックを取りに行った。

 

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7-3鳳凰三山 (薬師岳、観音岳、自蔵岳) 1987-12-30〜1-1

 ストーブが点火しない。山望が素晴らしい。白峰三山の北岳、間ノ岳、農鳥岳の頂きが朝日を浴びて茜色に輝いている

1987年12月29日(日)晴
芦安温泉車止め(18:00
 午前中の勤務を終え明日から冬休みだ。薬師岳から北岳や農鳥岳方向を見るY氏と2人で鳳凰三山の縦走に出かけた。夜叉神峠入口まで車で入る予定だったが芦安温泉の奥で車止めとなっていた。明日の7時に開くと張り紙があったのでそこで幕営した。なお、この通行は夜叉神峠入口までで正月の期間だけ。

30日(水)晴のち吹雪
夜叉神峠入口(7:50)→夜叉神峠→杖立峠(10:50)→苺平→南御室小屋(11:25)・幕営
 車止めが開いてすぐ車で夜叉神峠入り口まで移動し登りにかかる。夜叉神峠に出ると樹林越に白峰三山の山並みが見えてきた。久しぶりに雪のかぶった山を見ながら歩を進める。杖立峠に近づく頃から曇りがちになり吹く風が冷たくなってきた。さらに進み苺平に着く。野呂川の対岸から延びている吊り尾根にあるボーコンの頭は見えるが北岳は雪雲に覆われて見えない。
 この付近に来ると積雪も多くなり足が膝まで沈むようになってきた。ワカンは持って来なかったのでツボ足で登る。しばらく進むと南御室小屋に着いた。
 小屋に届けをし幕営する。キャンプサイドは結構風が強いので雪用のペグをしっかり埋める。積雪は20cmほどの新雪なので地中までさし込む。水場は小屋の前に湧水が出ていた。
 天幕に入りストーブに火を点けようとしたがどうしたのか点火しない!。小屋からスパナや道具を借りて柳と2人で悪戦苦闘。しかし、ストーブはパイプが詰まったのかガスが出て来ない。夕べ使った時は調子が良かったのになぁ。諦める。薬師岳から仙丈ヶ岳方向を見る
 温かい夕食はできないのでシュラフをかぶりつまみとウイスキーでとりあえず乾杯。夕食は行動食のパンとなってしまった。

 31日(木)快晴 8 at 5:50 am
南御室小屋(5:50)→薬師岳(7:00)→観音岳(7:40)→地藏岳(9:00)→白鳳峠(10:50)→広河原(12:35)→夜叉神峠入口(17:00
 朝、外に出ると雲ひとつなく晴れている。けれど寒い。温かい朝食も無いので、起きてすぐ天幕を撤収し出発する。小屋前で湧水をタンクに詰める。水温を計ると+5℃。外気温が−8℃だからだいぶ暖かく感じる。
 薬師岳手前の砂払いの付近は風が強い。雪は吹き飛ばされ砂地が出ている。この方が歩きやすくて良い。山頂に着くとちょうど日の出時刻となりご来光を見る。山望も素晴らしい。白峰三山の北岳、間ノ岳、農鳥岳の頂きが朝日を浴びて茜色に輝きその裾を野呂川まで見せている。また北岳の右下には仙丈ヶ岳も顔を出している。北西に目を転じればこれから行く観音岳や地藏岳の直立したオリベスクも目の前だ。その奥には甲斐駒ケ岳も見える。すっかり有頂天になりカメラのシャッターを押し続ける。見事な展望に満足する。でも、稜線の風は強く冷たくて寒い。観音岳、地藏岳へと進む。
 高嶺に着く頃になるとようやく風もおさまり温かくなってきた。ヤッケやセーターを脱ぎ一休みする。ここで南アルプス最後の展望を見納めし白鳳峠に下る。広河原の林道に下り立ちそこから夜叉神峠入口に向かう。地蔵岳のオベリスクを眺める
 途中、赤沢橋にさしかかると猿の大群に出会う。30頭はいた。小熊ほどの大きさのボス猿を中央に鶴翼の陣で私の行く手を塞いでいる。弱腰になると襲いかかって来そうな雰囲気だ。気を緩めず進む。それでも猿どもはビクともしない。頭の中は色々な考えが巡る。ピッケルを出して脅かそうか、しかし敵兵は多い。襲いかかられたらたまらない。ふと、良い考えが浮かんだ。笛だ!。ウエストバッグから笛を出して力一杯に吹き鳴らした。効果てき面。敵の大将筆頭に蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。そこを勝ち誇ったように私は進んだ。
 夜叉神トンネル前で遅れているY氏を待ちヘッドライトを点けて25分ほど歩くと終着地の夜叉神峠入口に着いた。日は暮れてしまったが火の気のない幕営はつまらないのでその足で帰途に着いた。

  ストーブ故障の話
これは今月、東京のさかいやスポーツで買ったオプティマス製の予熱不要でクイックライター付きの最新型の小型ストーブだ。前日はちゃんと点火した。
下山後、店に持って行き状況を伝え修理を依頼した。本当は新品と交換してもらいたくて交渉をしたがダメ。1月末に販売元から新品が届いた。
 原因を考えてみると燃料にあったようだ。ホワイトガソリンを店の伊勢宗商事で購入した時、タンクに移す容器をエンジンオイルの入れたジョッキを使っていた。この時に容器を良く洗浄しなかったようだ。山行に使ったガソリンタンクを確認するといくらか黄色く濁っていた。

 

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